校長先生のお話

「お別れ会」に思うこと。
2017-02-16
 2月14日(火)午後1時半から、ふくやま芸術文化ホール・リーデンロズの大ホールにおいて、福山暁の星学院理事長シスター石井節子の「お別れ会」が行われました。生徒児童と保護者、卒業生のメンバーを合わせておよそ2300名の福山暁の星学院の関係者が集まったと言われています。亡くなってまだひと月と少ししか過ぎていないし、私の心の中にはまだ天国に旅立った人としての思いではなく生きて元気に過ごしている在りし日の姿しか残っていないのです。
  シスター青木と中高の宗教推進グループのメンバーである先生方が、力を合わせて立派な、そしてとても心温まるお別れ会にしてくださったことを、心から感謝しています。時間を配慮して動いて、50分間で全部終わることができたのは小学校のためにもよかったと思っています。
  私は、その2日前に岡山の国際ホテルで開かれた「ノートルダム清心学園理事長シスター渡辺和子」の学園葬に招かれて参加しておりました。岡山のニュースでも流れておりましたが、参加者が3500名ということでした。それで、納得したこともたくさんありました。日曜日のミサを終えてすぐに山陽本線で笠岡から岡山に行きました。ですが、6分間隔で来るはずになっていたバス停には、長い列ができていて、単純に計算してしてみたところ、約600名から700名の人が並んでいました。約50分待たされてようやく乗ることができましたが、それから約20分かけて国際ホテルまでバスで走りました。
  到着して受付をすませ、一番祭壇に近いところの席に座らせていただきました。ミサも奉納の部分が終わったくらいのところでした。そして無事にミサが約1時間で終わりました。それから「お別れの会」でした。それが約1時間半くらいでしたから、合わせると2時間半から献花まで入れると4時間くらいの盛大な式になっていたように思います。行きにすごい時間がかかっていたことを思うと帰りも心配になり、岡山教会の信者さんに頼んで駅まで送ってもらいました。シスター渡辺の魂の天国への旅路の無事を祈りながらもともかく人に疲れた一日であったような印象を持ちました。
  さて、理事長シスター石井節子の「お別れの会」の初めはアンジェラスの鐘の音で始まりました。このアンジェラスの鐘は、当時のシスター石井を含む第1期の卒業生からの卒業記念として学校に送られたものであったということでした。ステージにはアンジェラスの鐘が大きく映され、ホール中にその鐘の音が響き渡りました。全員が起立して私は、「彼女の魂の平和と理事長への感謝」の心をもって静かに祈りました。
  その後は、シスターの在りし日の姿や、シスターの様々なかつての姿を偲ばせる写真が映し出されました。しばらくは、静かな時の中で理事長の6年間の姿を思い返しておりました。
  暁の星小学生の児童による合唱「聖らに星すむ今宵」の合唱で、心にさざ波が立ちました。
  よく校長室での話の中に、「小学生の歌が素晴らしかった。是非機会があったら聞いてほしい」という言葉や、「今日のクリスマス会も素晴らしかった」という言葉を何度も聞かされていたことを思い出しました。本当に幼稚園の園児の行事や小学校の児童の行事、中高生生徒の行事に必ず参加してくださっていたことを思い出しました。
  祈りと奉献の時の生徒代表や先生の代表者、学校にゆかりのある多くの人たちが、心のこもった祈りを捧げ、名標を入れた箱と花束をステージの上に準備された机の上に置きました。終わってみると、机の上には大きな暁の星のワッペンが出来上がっていました。その横には美しい花束が籠に入っていました。そしてステージのスクリーンには満面の笑みを湛えた理事賞の顔が映っていました。
  そして、石井理事長が愛してやまなかった歌「愛のわざ」の大合唱の中で、たぶんこの会場のどこかで静かに目を閉じて歌を聴いている理事長がいるように思えてなりませんでした。「♪闇夜のような世の中を、真昼のように照らすでしょう」という歌詞が、理事長の一生を表しているような気持ちにさせられました。
  またその後、室内管弦楽団の演奏によって、いつでもどこでも人が集まる場所で理事長がいつも歌うことを願っていた「ハレルヤ コーラス」の大合唱が、卒業生や中高生の生徒によって歌われました。「本当に長い間ありがとうございました。」という気持ちがしきりに生まれてきました。
  最後の締めの挨拶を私はさせていただきました。本当に心から感謝を込めてお別れできたように思います。シスター・マリー・テレジタ石井節子理事長、天国でゆっくりお休みください。
合掌    

校長