校長先生のお話

創立記念日について
2015-10-14
 今年も10月20日に創立記念日がやってきます。創立記念日を迎えるたびに色んな事柄を考えてしまいます。学校が立っているこの丘は、第2次世界大戦の時は、陸軍の射爆場であったと福山市の資料には書かれてありました。占領軍が来てからは、やはり射撃訓練場としてどこかの国が使用していたと聞いています。その後福山市に返還され、市の土地として残っていたようです。
 
  何年か前に出版された福山市の市政の歴史が書かれている分厚い本が、贈呈本として私の手元に贈られてきたことがありました。その中の戦後の市の復興の歴史の中に、シスター・マリー・イレーヌの名前が度々出て来て、深津の丘の旧陸軍の土地を暁の星に譲渡することを議会で承認した箇所が出て来ていました。同時に残りの土地は市の住宅が建てられることが書いてあったのです。
 
  創立50周年の記念誌を開くとそれが1949年2月16日の日付けで書かれています。本当にフランス人のシスター方が、福山教会の主任司祭であったマイエル神父やラサール神父、多くの日本人(その中には、92歳で亡くなるまで暁の星学院の理事をしてくださっていた江草安彦先生も当時は医学生であったにもかかわらず、全力を尽くしてくださったことを、江草先生自身からお聞きしたこともありました)の助けによって、現在の土地が手に入ったことが分かるのです。
 
  創立記念日が援助マリア会の創立者のマリー・テレーズ・ド・スビランの列福式、ローマで行われた日の1946年10月20日であったと言うことから、暁の星学院の創立記念日が10月20日となったと言うことは良く知られています。その時にラサール神父がローマにいて日本の敗戦後の子どもたちの教育に手を貸してほしいと当時の援助マリア会の総長にお願いされたことは、50年史を開くたびに理解されることです。
 
  そして、5人のフランス人のシスターたちが来日して、田尻の中村家への仮寓を経て深津の丘に居を定めるまで、本当に艱難辛苦を重ねて、神様に祈りながら草創の時が過ぎていくのが理解されます。信仰的な面から眺める時、常に祈り、神様のみ旨が働きやすいように動いていたことが分かるのです。私自身、本当に学校のために心から祈り、耐え難いほどの苦しみの犠牲を捧げているだろうかと反省を促されるのです。
 
  校長室に5人の歴代の校長の写真があります。最近まであまり注意深くは眺めてこなかったのですが、それぞれの歴代の校長が、苦労された歴史がその写真いちまい一枚の裏に深く刻まれていることを忘れてはいけないことだとあらためて思うのです。そうやって作られた歴史の中で今があることを忘れたくないものです。
 
  宗教の時間に生徒たちに語りかける時に、「Women for others」と言う言葉をよく使います。キリスト教は、愛の宗教であるという言葉を使うより、「他者のために生きる」宗教ですよと言った方が分かり易いと思って説明しています。キリスト教の教えは、愛(自己中心の愛ではなく、他人中心の愛)という時に、どうしても自己中心的な愛も含まれた、よく分からないままの(恋愛とか好き嫌いと言った感情も含めて)愛から抜け切れていないと感じていました。
 
  その意味では、キリスト教の基本概念の中で、キリストが生涯をかけて小さくされた人たちを大切にされたという説明は、「他者のために生きてこられたキリストに倣う」という言葉が一番理解しやすいのではないかと思ったからです。ミッションスクールという言葉の意味も、以前にも書いたのですけれども、キリストの教えが人間として最も人間らしく生きるために必要な教えですよと教え伝えるための大切な場としての学校なのです。
 
  もう一度この創立記念日にあたって、学校の原点に戻って考える必要を感じています。たくさん草創期のシスター方の祈りと努力を見直して、今の学校と自分に足りない事柄を考えてみたいと思いました。
 
校長 山口道晴