校長先生のお話

ONE FOR ALL
2009-06-22
 先日出張先で、あるお店のショウ・ウィンドウに足が止まりました。その中にあるのは、モネの「睡蓮」で、さらによく見るとそれはジグソーパズルになっていました。いったい何ピースのパズルなのか・・・と好奇心がわいてきました。
 
 以前、ジグソーパズル好きのイギリス人のシスターと、1500ピースのモナリザを完成させたことがあります。夜な夜な二人で楽しみながら、かなりの時間をかけて進めていきました。今日こそ完成・・と楽しみにして進めていくうちに、1ピースが足りないことに気がつきました。作成初期のころパズルのボードをひっくり返したことがあり、その時にこぼれ落ちたものを全部ひろったはずでしたが。二人で一生懸命に探し回り、二日目にやっとその1ピースを見つけました。 

  この体験から、このパズル完成に関しては、一つくらいなくてもいいというわけにはいかない、一つがなければ完成しないのだということを痛感しました。そしてある日、私たちが織り成している人類のこのすごい歴史も、神様の目から見ればこのジグソーパズルに似て、すごいものになっているのだと感じました。歴史の中では、世界中でさまざまな活躍をした、歴史的に有名な人もたくさん存在します。それらの人々の人生は、きっと色鮮やかで、大きく目立つピースでありましょう。けれども、その大きな舞台では、目立たないピースが圧倒的に多く、しかもそれらなしには、この人類の大きなパズルが完成しないのです。1ピース、1ピースが貴重なものなのです。 

私たちは日々の喜び、悲しみ、辛いこと、苦労や嬉しいことなどのさまざまな体験をしながら、この自分が受け持っている部分、自分しかつくれない部分を、与えられている人生の中で作り上げているのではないでしょうか。他のものでは埋めることのできない、私の貴重な1ピースを。

校長 朝廣絹子