校長先生のお話

教育講演会で考えたこと -神様と私たちの絆について-
2016-07-13
 6月19日(日)の10時半から、暁の星幼稚園・暁の星小学校の保護者のみなさん向けに教育講演会が行われました。講演者は、宝塚カトリック教会に属する沼野尚美さんでした。この方は実は私がまだ尾道で幼稚園の園長をしていた時に一度来ていただいた方で、話の内容は全く覚えていませんでしたが、お話が面白かったという印象だけが残っていました。
  この日のテーマは、「共に支え、共に生きる」というものでした。彼女は病院ではじめは薬剤師として勤務していたのですが、様々な出来事に遭遇していくうちに、ターミナルケアやホスピスケア、それにデス・カウンセリングの仕事をするようになって32年が過ぎたそうです。
  自分の人生が変わるような出来事とは、次のようなものであったそうです。「働き始めて2年目、たまたま65歳以上のおばあちゃんたちだけがいる病室を担当していた時に、秋祭りの神輿が町内会の人たちによって担がれ、病院の横を通って行きました。たまたま薬の指導に入ったその病室で、太鼓や鉦の音で病室が一杯になったとき、6人のおばあちゃんたちが思い思いに起きて、布団の上に正座して、外に向かって手を合わせて祈っていたそうです。
「何を祈っていたのですか?」と聞いたら「早く死なせてください」と願っていたという返事が返ってきました。ふとそのときに思ったそうです。「病の中で生きる人たちが、どのような人生を歩んできたかを知りたい。」と強く思ったそうです。人には心というものがあります。人には喜びや希望がなければ何も語れなくなってしまうのではないかと思っていたそうです。「その後、私がそこにいることも忘れて、おばあちゃんたちが自分の生きてきた人生について語り始められた。分かち合いが始まったのです。それを私は黙って聞いていた」そうです。それから沼野先生は、ホスピスケアを学ばれ、32年間ホスピスケアに携わってこられたということを言っておられました。
  そのホスピスケアをやっていくうちに、最近とみに感じることがあるそうです。それは家族の絆が弱くなっていることだそうです。昔は最期を迎える時に子供が3人いれば必ず遅れても全員が揃ってお別れに来ていたそうですが、今の時代3人のうちに一人は来ないし、ひどいときには一人も来ないときがあるそうです。
  また、こんなことがあったそうです。末期癌で高齢の男性がホスピスに入院されていました。その方に「今、してほしいことは何かありませんか?」と尋ねたら「娘に会いたい」ということでしたのですぐに母親に連絡したところ、「娘はすぐに会いに行くと思います。」と言うことでしたから、その男性に連絡したところ、非常にうれしそうにして待っておられた。しかし、結果的には来ることはなかった。
  葬儀が終わってから、病院にあいさつに来られた母親の後ろにその娘さんが立っておられた。それで最後にその娘さんに尋ねた。「なぜ来られなかったのですか?」娘さんは「大阪で生まれ育った時に、非常に父を尊敬していました。それで父と同じ資格を取り、東京に行くときも父は、応援してくれました。ところが厳しい人間関係や、厳しい競争の中で、自分は心が病気になってしまいました。自分はメールで自分の心の状態を父に伝えました。すぐに返事が来ると思い、何か月も待ちました。あるいは、直接東京まで来てくれるかと思って何年も待ちました。でも父は、メールもくれず、もちろん会いにも来てくれませんでした。自分が父から愛されているという実感がなかったのです。だから会いに来ることができませんでした。」という返事が返ってきたということでした。
  こんなこともあったそうです。病室の前でうろうろしている人がいて、「どうしたんですか?」と尋ねたら「僕はこの家族の長男なのですが、父から勘当されてしまったので入ってよいものかどうか悩んでいます。」「お父さんは、もう許してくださっていると思いますよ、どうぞ中に入ってお別れをしたらどうですか」と言ったら男泣きに泣かれたそうです。「父も私を勘当するといったとき、私を殴りながら泣いていたんです。」と言って中に入って行かれて、最後の最後にお父さんが、「よくきてくれたな。ありがとう」と言って息を引き取られたということをご家族から聞いたといわれていました。
  私は、このことを聞いたとき「放蕩息子」の聖書の箇所が思い浮かびました。同時に、父である神さまは本当に私たちを愛して下さっているのだと確信してしまいました。そういう絆が人間の家族の中にもだんだん希薄になっていますが、神様と人間の絆はもっと深く、濃密なものだと改めて考えてしまいました。
  自分が愛されているという実感を家族に対して持てない人たちが増えているという話を聞きながら、人間に対する深い愛ゆえに自分の子をこの地上に送り、十字架につけて私たちの罪を背負って死んで行かれた神の子イエス。救いの道、死を乗り越えて復活する道を開いてくださった神の愛について私たちはどのように考えるのでしょうか。
  この7月を神様と私たちの絆を深める大切な一月にしたいものです。
 
校長 山口道晴