校長先生のお話

聖書の教えに誠実に生きる一年でありますように
2016-01-15
  今年の干支は申(さる)年です。猿という言葉は、私にとって広島に来て初めての任地である廿日市教会での、とても懐かしい思い出があります。湯来町に一人の聾唖者(ろうあしゃ)の信者の方が住んでおられました。その地域の信者さんが、ミサにも参加できずにご聖体*をもう何年もいただいていないから、是非一度訪ねてほしいという連絡があり、私は地図を頼りに(その当時はナビと言ったものなどありませんでした。)車で訪ねたことがありました。
 
  走っているうちに道を間違え、山の方に入っていったようでした。ふとおかしいと感じて車を止めて外に出て見ました。秋の終わりで空は雲一つない真っ青な空でした。しばらく山の中腹から湯来町の田んぼや畑をながめていたときでした。山の上からバサバサ、バキバキというすごい音が私の居るところに聞こえてきたのです。
 
  何だろうと思った矢先に、猿たちの群れが、道路の山側の斜面に生えている木の上から私の方をじっと見ていました。多分何分かでしょうがお互いにじっくりと眺めていた時間がありました。そのうち興味もなくなったのか木の実を食べることに夢中になっていきました。
 
  たまたまの猿との遭遇を体験したのですが、私は、今の立場になって何度となくあらためて聖書に出会ったように思う時があります。何度も読んでいた聖書の言葉の中に、今を生きる知恵のようなものがたくさん散りばめられていたのではないかと改めて思う時がありました。
 
  例えば「希望のないときにも、なお望みを抱いて信じ」ロマ書4章18節Aという言葉に出会ったとき(多分何度となく目にしている聖書の箇所なのですが)あらためて見えるものや、目に見える結果だけをみてがっかりしたり、落ち込んだりするのではなく、すべてを神さまに委ねて変わることなく生きることが求められているのかもしれません。
 
  普段から信者さんにはそのように教えているのに、いざ自分の問題になると不安になったり、落ち込んでいる自分に気が付きます。そういう時にこそ理解しなければならない教えだったのです。あらためてみ言葉に生きると言うことがどんなに大切かが分かると同時に、まだ神に対する信仰に生きていない自分を発見します。
 
  実はローマの信徒への手紙の中で、この箇所は、アブラハムの信仰について書いている箇所です。アブラハムが神への希望を保ちえたのは、神がアブラハムにした約束に対する信仰(4章18~25節参照)と神の忠実に対する信頼に寄るものでした。アブラハムの話は、創世記22章(旧約聖書の一番最初の聖書です)の中で語られています。
 
  その中で私にとって印象深いのは、一人息子イザアクを神に捧げよという神の命令に対して彼は、人間的な思い(ようやく恵まれたった一人の子であるとか、もしイザアクが死んだらその母がどんなに嘆き悲しむか、自分も後継者を失ってどうすれば良いのかと言う思いやその他のこと)を一言も口にせず黙って心に留めて、息子に薪を背負わせ山に登るのです。そこで生贄として捧げようとして、剣を振りかざしたとき、天使の声によってその行いが止められます。
 
  「主は仰せになる。お前はこのようにして、お前の息子、お前の一人子さえ惜しまなかったので私はお前を大いに祝福しお前の子孫を空の星、浜辺の砂のように大いに増やそう」(創世記22章15節~17節参照)という言葉を掛けられています。どんな状況に置かれても、どんなに目には絶望的に見える時でも神さまにすべてを委ねることの大切さは、キリスト教の凄味でさえあるように思います。
 
  今年に入って一人のおばあちゃんが80歳で亡くなられました。本当に良く歴代の笠岡教会の神父様たちに奉仕されて、突然逝かれました。2000年前にイエスに奉仕していた婦人たちを彷彿とさせるような生涯でした。
 
  彼女もまた信仰の人でした。精一杯人のために生き、去年の秋の収穫まで行い家族のため、村のため、教会のために尽くし抜いてその生涯を終わられたように思います。なぜか先日お葬式が終わって学校に戻る時、彼女の信仰の在り方、生き方について改めて考えさせられました。
 
  彼女の信仰の在り方は、人の目や耳に届くことではなく、神がどのように評価されるかを意識した生き方ではなかっただろうかと考えています。自分の生涯を神に委ねて、今日一日を精一杯神に生きることに力を尽くされた方のように思います。 合掌
 

  *御聖体―最後の晩餐のときイエスが種無しのパンを祝福され、「これは私の体である」と言われてキリストの体として受け取られる小さなパンのことです。今は、最後の晩餐の形を受け継ぐミサの中でそれが祝別されます。

校長