校長先生のお話

わたしの道しるべ2
2011-05-20
 先日、初めての聖書の勉強会の折「なぜ神父の道を選んだのですか?」という質問が出た。思い起こすと小学生の高学年のとき祭壇に仕える子ども(教会用語では侍者<じしゃ>という)の一人として、夏休みに毎日5時半に起きて教会のミサに出かけているうちに、その時の神父さんの所作や歌のうまさ、そして青年の人たちへの演劇指導を見ていて、自分の才能など考えず「司祭になりたい」と思い始めてしまったのがこの道に入るきっかけのようである。
  父も母も熱心な信者であったために夏休み、冬休み、春休みになると5時半に起こされ毎日教会に通った思い出がある。特に思い出の中で今も心が温かくなる出来事がある。それは、冬のことだった。雪が残る朝、多分マイナスの気温であったと思うほど寒かった。母は、台所で音をたてて何かしていた。その後、また寝てしまった。
  母に起こされたときには、顔を洗い、着替えをして、バスに乗る時間に間に合うかどうかの時間だった。当時まだ家にはテレビもなく洗濯機もない時代だった。もちろん蛇口をひねるとお湯が出るような便利なものもなかった。
  手が切れるような冷たさの洗面器の水だろうと予想しながら、母が準備した洗面器に手を入れた。温かくはないが冷たくもないというようなぬるい水が入っていた。そしてその水で顔を洗ったあと出してくれたタオルは、乾燥しているのだがほっかほっかの暖かいタオルだった。
  サプライズという言葉があるが、そのことはまさしく母の愛のサプライズであったような気がしている。母がいつもより早く起きて準備をしてくれていたことだけは隠しようもないことである。そうやって少しづつ私を神父の道に導いてくれたのではないかと思う。
    いよいよ司祭に叙階(*)される直前に修道院に母から電話があった。
    母 「お前は、神父として最後まで辛抱できるだろうか?」
    私 「どういうこと?」
    母 「だから、おまえが辛抱できないようだったら、帰ってきなさい。」
    私 「一か月たったら神父になることになってるのに。今更何を言い出すの」
    母 「だけど、もしだめだったら困るだろう。だから仕事を探しておいた。」
    私 「あのね、長いこと考えて、それでも司祭として生きてみたいと思ったから、自分で決めたことなんだよ。」
    そのまま母は電話を切った。いま振り返ると私の決意を試すものだったのかもしれない。
しかし、私の人生の最初の部分での母の力は偉大であると思うのである。
     *叙階とは、カトリック教会の中で正式な手続きの中で行われる助祭・司祭・司教になるための儀式を指す。

校長 山口道晴