校長先生のお話

あなたはすべてをいとおしまれる
2011-03-03
 先日、フランス人の友人から便りがありました。長い間働いた後、休みを取り、また自分の場に戻ったという近況報告でした。彼女は、カナダ人のジャン・バニエが創設した「ラルシュ」という共同体で、アシスタントをしています。ラルシュとは身体的、知的障害を持つ若者からお年寄りの世代までの人々が、家族のようにキリスト教の精神で結ばれ、共に生活をする共同体です。そこでは、メンバー一人ひとりができることは、時間がかかっても、また不十分なできであっても、家族の一員として行うということが大切にされています。いのちを神様からいただいている一人ひとりは、何かを他者のために差し出せると考えるからです。例えば、ある男の子は足が不自由であっても、手なら使えるというので、手仕事をしていましたし、全く寝たきりの状態の女の子は、かわいいほほえみで共同体の心を暖めてくれていました。
 
 随分前のことになりますが、私もそこのアシスタントとしてホームヘルパーの仕事を2ヶ月ほどさせてもらったことがあります。洗濯や食事の世話、家のさまざまなことを担当させてもらいましたが、仕事そのものよりも、共に生活をしたレジデント(住んでいる人)とのかかわりは、さまざまなことを考え直す機会となりました。時間や仕事の進み具合など、能率や効率に目がすぐ向いてしまう自分の傾きに気づかされましたし、そこでは共にあることをとても大切にする姿勢から、「何かをする」ことよりも「どのようにあるのか」を問われることが多くありました。またいろいろな理由で傷ついている人も多くいましたが、かれらの他者を愛する心の深さにふれるとき、私の心も癒されることがよくありました。それは、ありのままのわたしを受け入れてもらい、深く愛されるという体験でした。
 
   休みから自分の「居場所」に戻ったその友人は、一生ラルシュで働く決心をして、それを通して、自分を神に奉献することにしたそうです。決して楽な道ではありませんが、自分の人生を賭ける道を定めた友のために神の恵みを心から祈りたいと思います。
 
  あなたは存在するすべてを愛し、
  お造りになったものを何一つ嫌われない。
  憎んでおられるのなら,造られなかったはずだ。
  あなたがお望みにならないのに存続し、
  あなたが呼び出されないのに存在するものが
  果たしてあるだろうか。
  いのちを愛する主よ、すべてはあなたのもの、
  あなたはすべてをいとおしまれる。 (知恵の書 11:24-26)
 
校長 朝廣絹子