校長先生のお話

ビロードの兎
2011-01-06
  2011年は卯年。兎の登場するお話をいろいろ思い出していたら、「ビロードの兎」が浮かんできました。ある修道院の図書室で見つけたこの一冊は私の心に残る大切な作品です。私たちは一人ひとりが独自の性格を持ち、自分らしく生きたいと望んでいます。そして自分の人生を通して「本当の私」になる旅を続けているといえるでしょう。この歩みについて、この絵本は大切なことを語っています。
 
  登場するのは、茶色と白のぶち模様のビロードの兎。坊やがプレゼントでもらったものですが、関心を持ってもらえない。おもちゃ箱の中で、ぜんまいで動くおもちゃが自分こそほんものだといいます。ぜんまいで動くものであればほんものなのかという兎の問いに古ぼけた木馬が「ほんものとは何でできているかではなくて、ほんものにはなるのだよ。坊ちゃんが、お前を本気で愛してくれるとき、ほんものになるのだよ。」と答えます。痛い目にも合わなければならないのかという問いに、「ほんものになっていたら、そんなことは気にならないのさ」とずっと昔に男の子の叔父に当たる人にかわいがられて、ほんものにしてもらったその木馬は答えます。
 
  ある晩、坊やがいつも抱いて寝る犬のおもちゃが見当たらず、ビロードの兎はその代わりに抱かれて寝ることになりました。すっかり坊やに気に入られ、かわいがられていくうちに、薄汚れ、鼻先もすりきれてしまったけれど、兎にとってどうでもよいことでした。
 
  ところが、坊やはしょうこう熱という病気にかかり、兎はそばにいて励まし続け、坊やは元気になり静養に出かけます。兎は、病気の男の子が触ったものだからということで他の物と焼却されることになります。兎は震えながら楽しかった日のことを思い出しますが、こんなに辛い、思いをするぐらいなら、ほんものになったところでないがよいのでしょう。一粒の涙がぽたりと落ち、そこから一輪の花が咲き、その中にいた妖精が言いました。「あなたをほんものにしてあげましょう。今までのあなたは、男の子にとってほんものだったの。あの子はあなたを心底愛していたからね。でもこれからは誰の目にもほんもののうさぎになるのよ。」と。そして兎はほんものの兎になり、森に入っていきます・・・。
 
   このお話を読んで一番心に響いたことは、ほんものになることは,自分ひとりではできないということです。他者との関わりにおいて、かわいがってもらい、いつまでも一緒にいたいと望むほど強い絆の関わりのなかで愛される体験がどうしても必要であるということです。そして、その体験があってはじめて、苦しみを超える力、勇気、逞しさも生まれてくるのではないでしょうか。私が「ほんものの私」になるためのヒントがここにあるように思います。
 
校長 朝廣絹子