校長先生のお話

クリスマスを祝う
2010-12-02
 クリスマスを準備する待降節に入ると、暁の星では正面玄関に馬小屋を準備し、そこにヨセフとマリア、羊飼いと東方からやってきた占星術の学者たち、そして羊や牛などの像を置いて、2000年前のイエスが誕生された場面に心をはせます。このようなやり方で、イエス・キリストの誕生を最初に祝ったのは、アシジの聖フランシスコでした。
 
 1223年、彼はそれまで誰も見たことのないやり方でクリスマスを祝いたいと考えました。「イエスが私たちのためにどれほど貧しくなることを望まれたかをこの目で見たい」と言い、グレッチオという町の近くにある森の岩穴に、干草を一杯つめた飼い葉桶を置いて準備しました。
 
  その夜、闇の中で岩山の洞窟だけが明るく照らし出され、手にたいまつを掲げて集まってきた人の影が揺らぐ中でミサが始まりました。飼い葉桶を眺めていた友人のジョバンニは、一瞬そこに本物の赤ん坊がすやすやと眠っているような気がしました。その時フランシスコが飼い葉桶に近づいてイエスを愛しそうに抱き上げると、幼子は目を覚まし、フランシスコに微笑み、小さな手を伸ばして彼の顔をなでたのです。フランシスコは喜びに満ちあふれ、徹夜のミサが終わったとき、人々は不思議な喜びと平和に満たされて山を下っていったと言われています。
 
  その後、毎年クリスマスが近づくと、町の人たちの胸にはフランシスコと祝った感動がよみがえってくるのでした。その夜の光景が人々の口から口へと伝えられ、人々は自分の町の教会に、自分たちの手で飼い葉桶を作り始めました。わらを敷きつめた上に、愛らしい幼子の像を寝かせ、そばに愛情をこめてイエスを見つめるヨセフ、マリア、羊飼いたちと動物の像を置いて。
 
  クリスマスは、イエス・キリストが一人の人間として、小さく貧しい幼子として生まれ、私たちの仲間になってくださった日。今年も私の、そして人々の心の中に生まれてくださる日。大丈夫だよと、誰もが自分の足りなさや小ささなどで恐れたり、肩身の狭い思いなどしたりせずに、救いの泉に近づける用意してくださった日。私たちも、フランシスコのように、幼子を眺めながら、愛する喜び、心の安らぎ、許しあうことのすばらしさ、生きる希望を味わい、今日私たちの生活の中に、救い主がともにいてくださることを喜び、祝いたいものです。
 
校長 朝廣絹子