校長先生のお話

5月をマリアと共に
2008-05-01
  5月をカトリック教会では聖母マリアの月として祝います。新緑に萌えいのちに満ち溢れている5月に、聖母マリアに倣い、私たち一人ひとりが生きることができるようにと呼びかけられているのです。
 
 今から約2000年、イスラエルの片田舎、がリラヤの小さな町ナザレのマリアが神の呼びかけに「はい」と応えたことから、神の救いのみ業が始まります。ルカによる福音書には次のように記されています。
 
  六か月目に、天使ガブリエルは、ナザレというガリラヤの町に神から遣わされた。ダビデ家のヨセフという人のいいなずけであるおとめの所に遣わされたのである。そのおとめの名をマリアといった。天使は、彼女のところに来て言った。「おめでとう、恵まれた方、主があなたと共におられる。」マリアはこの言葉に戸惑い、いったいこの挨拶は何のことかと考え込んだ。「マリア、恐れることはない。あなたは神から恵みをいただいた。あなたは身ごもって男の子を生むが、その子をイエスと名づけなさい。その子は偉大な人になり、いと高き方の子といわれる。・・・」マリアは天使に言った。「どうしてそのようなことがありえましょう。わたしは男の人を知りませんのに。」天使は答えた。「聖霊があなたに降り、いと高き方の力があなたを包む。だから生まれる子は聖なる者、神の子と呼ばれる。あなたの親類のエリザベトも、年をとっているが、男の子を身ごもっている。不妊の女と言われていたのに、もう六ヶ月になっている。神にできないことは何一つない。」マリアは言った。「わたしは主のはしためです。お言葉どおり、この身になりますように。」そこで天使は去って行った。 (ルカ1章26-38節)
 
  聖母祭で全校の生徒が「マリア」という映画を鑑賞しました。マリアが天使から伝えられた自分の使命に対して、戸惑いながらも「はい」と答えた姿が印象的でした。「はい」と答えたことによって、現実的にさまざまな問題が生じます。聖霊の働きによって子を宿し、それをいいなずけであるヨセフにどのように伝えようかと悩む姿、夢の中で天使からマリアの身に起こったとことを知り、苦悩の中にも彼女を受け入れる決意をするヨセフの姿、また自分たちのことを他者がいろいろと取りざたする中で勇気を持ってその苦労を引き受けようとする姿・・・などを通して、信仰のうちに「はい」と答えたことを現実的に自分の生活で、その結果を引き受けて生きていくことへの呼びかけを強く感じました。私たち一人ひとりが、自分に託された使命をマリアに倣って「はい」と受け入れ、生きていくときに、マリアはわたしたちを励まし、共に歩んでくださると確信しています。
 
校長 朝廣絹子